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吉田新田ができるまで

●吉田新田の大堰

 

●吉田家旧邸一部の模型

 

 

 

元禄のころの横浜の様子

 

 

●吉田新田図

 

 

 

 

 

 

 

吉田橋関門と現今の吉田橋

昭和一〇年(一九三五)刊行の『横浜吉田新田図絵』に所収されているもの。吉田橋は、文久二年(一八六二)に木橋を架け、明治二年(一八六九)に日本初の鉄橋に架け替えられた。幕末期には吉田橋に関門が設けられた。右上はその様子を描いた絵図である。左下は、昭和一〇年頃の吉田橋の写真である。

吉田新田空中写真

昭和三年(一九二八)刊行の『吉田新田古図文書』に所収されていることから、その直前に飛行機上より撮影されたものと思わ九る。釣鐘状の吉田新田とその土台部分を拡大した関内地域、それを取り囲む大岡川・中村川と釣鐘内部に掘り込まれた運河、といった特徴が、高速道路・高層ビルが入り込む現在の空中写真よりも理解しやすい。

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