南吉田町の歴史

はじめに
南吉田町が町内会として設立してから、50年以上の年月がたちました。
戦後、この地域は焼け野原と化し、お三の宮から今のMM21地区の海まで見渡せたと聞いております。
昭和20年8月15日に終戦となり、バラックが建ち始めました。その後、昭和30年には町並みも整い、商店が立ち並び、お三の宮商店街として発展してきました。
当地区は、吉田橋から伊勢佐木町を抜けた所から、お三の宮通りとなり、山王橋へと続きます。
この地域は大岡川と中村川に挟まれており、この辺りは吉田新田として埋め立てられたところです。
現在この町は南区の中で一番人ロ密度は高く、また高齢者の率も一番高くなっております。
今ここで求められることは、地域内の色々なルール作りが必要になってきております。まず何ができるかを足かけ三年の月日をかけ、住民の方々との話し合い、骨子も固まり、市・区・土木・緑の協会・コーディネーター・お三の宮地区連合町内会の方々の協力によって、やっとスタートができました。これからも住民あってのまちづくりを皆様と共に作っていかれたら幸いです。
今回のまとめは、いろいろな方々の文献・写真等を元に編集し、見て楽しいものであったら幸いです。